理系地学入門とは

 「地学」は「地球科学」の略称であり,地球を構成する物質(鉱物,岩石)から,大気,海洋,地球内部構造,さらには地球環境に影響を与える宇宙(天文学)まで,地球科学全般にわたる分野を対象とする学問である。「理系地学」とは,主として国公立大学の理系学部を受験する際に選択可能な,高校理科の専門科目「地学」を指す。現在,物理や化学,生物と違って大学入学における受験者数が少ないため,「地学」という語は主に文系志望者が選択する「地学基礎」の文脈で使用されるケースが多い。したがって専門科目としての地学を呼称する場合,地学基礎と区別する目的で「理系地学」と呼ばれる。本サイトの設立趣旨に代えて,次のようなデータを示す。

Ⅰ 高校教員採用試験における理科(地学)の募集状況

情報誌教員養成セミナー記載の各年度の全国教員採用試験実施内容一覧に基づく,高校理科の教員を募集しているものの,募集教科に「地学」のない(「理科(物理・化学・生物)」など)都道府県市(2024年度は59,2025年度は59の自治体が対象)の数。「理科」単独,または「物理・化学・生物・地学」などの表記をしている自治体を除外することで計上。

2024年度版(2023年夏実施)
地学教員を募集しない自治体数
20自治体
/ 59自治体
不実施率: 33.90
【地学教員を募集しない自治体】
栃木県 / 群馬県 / 東京都 / 神奈川県 / 山梨県 / 岐阜県 / 静岡県 / 三重県 / 京都市 / 兵庫県 / 奈良県 / 島根県 / 岡山県 / 山口県 / 福岡県 / 福岡市 / 佐賀県 / 長崎県 / 大分県 / 宮崎県
2025年度版(2024年夏実施)
地学教員を募集しない自治体数
19自治体
/ 59自治体
不実施率: 32.20
【地学教員を募集しない自治体】
青森県 / 栃木県 / 群馬県 / 東京都 / 山梨県 / 岐阜県 / 三重県 / 滋賀県 / 兵庫県 / 奈良県 / 島根県 / 岡山県 / 山口県 / 香川県 / 福岡県 / 福岡市 / 佐賀県 / 熊本県 / 大分県

古い情報・誤情報が含まれる場合がありますので採用試験を受ける際などは必ず各自治体の募集要項などを確認し,このデータは参考程度にとどめてください。

データからわかること

  • 「理科」のみ記載がある場合も多く,残りの自治体で必ずしも地学教員として従事できるとは限らない
  • 5の自治体(神奈川県/静岡県/京都市/長崎県/宮崎県)は2024年度には地学教員(理科としての採用を含む)採用枠があったが,2025年度にはなくなり,一方で4の自治体(青森県/滋賀県/香川県/熊本県)では2024年度の採用枠はなかったが2025年度に採用枠が設けられた
  • 採用枠が設けられた年度であっても受験者数は他科目の1/10ほど〔例:令和7年度東京都公立学校教員採用候補者選考(8年度採用)結果によると物理・化学・生物・地学の受験者数はそれぞれ95,110,123,15人〕

Ⅱ 高等学校における理科科目の開設状況(学年別)

令和5年度(2023年度)公立高等学校における教育課程の編成・実施状況調査の結果に基づく,普通科等における理科基礎科目および理科専門科目の学年別開設状況。

1年次 基礎科目

2年次 基礎科目

3年次 基礎科目

2年次 専門科目

3年次 専門科目

表:理科科目開設状況の学年別比較(2023年度入学者対象データ)
科目1年次 開設率 (%)2年次 開設率 (%)3年次 開設率 (%)
物理基礎30.7%57.7%9.2%
化学基礎48.8%48.2%15%
生物基礎59.2%37.7%18.1%
地学基礎7.1%36.5%15.6%
物理0%43.3%81%
化学0%57.7%78.2%
生物0%47.5%87.7%
地学0%1.5%7.4%

データからわかること

  • 1年次の基礎科目は生物基礎が50%を超える一方,地学基礎は10%を切って顕著に少ない
  • 2年次の基礎科目は化学基礎が1年次とほとんど変わらない一方で物理基礎と地学基礎が増加し,4科目の差は最大でも20ポイントほど
  • 3年次の基礎科目は大きく減少し,4科目の差も最大でも10ポイント以下に縮小
  • 専門科目は2年次から開設が始まり,特に3年次で80%前後の非常に高い開設率を示す
  • 2年次の専門科目は,物理・化学・生物が約40%であるのに対し,地学は2%ほどである
  • 3年次の専門科目は,物理・化学・生物が約80%ほどに増加しているのに対し,地学は10%を切る

Ⅲ 大学入学共通テスト理科専門科目の受験者数推移

令和3年度から令和7年度までの各年度の大学入学共通テスト実施結果に基づく,理科専門科目(物理・化学・生物・地学)の受験者数。

年度物理化学生物地学理科全体
R3146,04137.67%182,35947.04%57,87814.93%1,3560.35%387,634
R4148,58537.84%184,02846.87%58,67614.94%1,3500.34%392,639
R5144,91437.48%182,22447.12%57,89514.97%1,6590.43%386,692
R6142,52537.34%180,77947.36%56,59614.83%1,7920.47%381,692
R7144,76137.28%183,15447.17%57,98514.93%2,3650.61%388,265

データからわかること

  • 化学の受験者数は一貫して最大であり,約18万人で推移している
  • 物理の受験者数は令和4年度から0.5ポイント未満の微小な減少を続けているものの,化学の受験者数の8割ほどを維持し続けている
  • 生物の受験者数はこの4つの科目の中では非常に安定して推移している
  • 地学受験者数は理科全体の1%未満である
  • 地学受験者数は,令和4年度以降0.1ポイント未満,500人未満の増加傾向にある
  • 地学受験者数は,令和6年度から令和7年度にかけて0.14ポイント,573人増加した

Ⅳ 国立大学(学部)における地学の受験可否

各大学の入学者募集要項に基づく,地学の試験を利用・実施している国立大学とその数。左は共通テストで理科を使用する国立大学81校のうち地学を利用できる大学の数。 右は二次試験で理科を使用する国立大学64校のうち地学を利用できる大学の数。総合問題や面接の内容を含めていない場合がある。リンク先は原則として学部入試の募集要項または入試情報全体を掲載しているページ。

古い情報・誤情報が含まれる場合がありますので受験などの際は必ず各大学の募集要項などを確認し,このデータは参考程度にとどめてください。

データからわかること

  • 共通テストの理科を科すものの地学を全く利用できない大学は7.4%に留まる
  • 二次試験で理科を科すものの地学を全く選択できない大学は46.9%にのぼる
  • 二次試験で理科を科す大学群には,医学教育に特化していて地学とは直接的な関連性がない医科系単科大学(浜松医科大学・滋賀医科大学),特定の工学分野に特化していて地学とは直接的な関連性がない工業系単科大学(名古屋工業大学・九州工業大学)やその類型(電気通信大学)が含まれている

Ⅴ 因果関係など

 地学が受験教科として選ばれないその他の理由など。

物理・化学・生物・数学の横断的な知識が必要
大学教養課程の物理・化学分野の必要性・専門性・難易度が高い
大学二次試験で地学を採用しない
受験に不要な科目として認識される
高校における開設率の低下
地学専門教員の採用抑制
教科書の需要・機会が低下
  • ❶ 地学は,地球の構造や気象,宇宙,地震などを扱う学問で,これらの現象を理解するには物理の力学や波動,化学の反応や物質の性質,生物の進化や環境,数学の微積分などが必要になり,高校生が各分野の基礎を十分に学ばないうちに地学を選択しようとすると,広範な知識の要求に難しさを感じる
  • ❷ 大学では,物理や化学は専門科目として重視され,授業も高度で難易度が高い上,物理では数式を使って自然現象をモデル化したり,化学では分子構造や反応機構を学ぶなど,理系学生にとって必要不可欠であり優先度が高い
  • ➌ 理系の二次試験,特に医学部や工学部では,物理・化学・生物(若干数の大学では生物も選択できない)は選択できるが地学は選択できないところが多い
  • ❹ 文系においては環境や防災意識の高まりからか共通テストを利用できる大学は増えたが,収益性が低い,学部・学科がない,目的が環境や防災のみに終始しているなどから理系の受験機会は制限されている
  • ❺ 高校カリキュラムは,形式的には多様な科目が用意されるが,実質的には大学入試の合否に直結する科目が重視される
  • ❻ 国公立高校における地学教員の採用枠が少なく,採用を行っていない年次があるほか,採用年次であっても応募者が少ないことなどの指摘がある
  • ❼ 出版社にとって需要の少ない教科書は採算が取れにくくなり,質の高い教材を開発・出版するインセンティブが低下し,市場に出回る地学の教材の種類や機会は減少の一途をたどる(現在理系地学の教科書はわずか1社のみが発行している)

Ⅵ まとめ

諸データを見ると,大学入試において地学は周縁化の傾向が強い。

まとめ

  • 高校地学教員の採用の機会少ないうえ,応募人数が他の1/10ほどと少ない
  • 専門科目としての地学の開講率が10%を超えず,著しく低い
  • 共通テストの受験者数は全体の1%を超えず,著しく低い
  • 国公立大学では半分ほどの大学で二次試験に地学を利用できない
  • これらの背景には様々な根本的・構造的課題がある

 かつての教育過程で,内容的に現在の「地学基礎」に当たる「地学Ⅰ」の履修率が数%であったことにくらべれば,現在の地学基礎の開講率を見るとそれほど縮小・廃止の方向に必ずしも進んでいるわけではない。しかし,こと「地学」においては,教育課程上科目が存在しても,未だ実質的な教育機会は極めて限定的であると言わざるを得ない。

 2025年度より,高校各教科で教育指導要領の改訂により新課程に移行し,理科の各科目は内容や構成が変更された。これを受け,物理では「宇宙の晴れ上がり」を原子分野に含むようになった。生物では,この改正により「全球凍結」「示準化石」「示相化石」「大陸移動説」「収束進化」といった地学でいうところの地球の歴史に関連する内容が削除される傾向に転じた。

データ出典・参考文献

© 2025 AlgxNef

The 'knowing' that perceives order in the world is impious. Man emerged at last into the chaos, a being in it. Lift this fog. AlgxNef.